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天津“粤唯鮮”

2008年3月18日。
朝から雨。
次の日が帰国の日なので、この日は最終的な荷造りの日となった。

[雨の天津]
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この日の夕飯は、“瓷房子”のブログに書いた“粤唯鮮グループ”の
レストランのひとつ、五大道にある支店へ。

“粤唯鮮グループ”のレストランは、“能吃的博物馆(食べられる博物館)”
と呼ばれていて、店の外にも中にも石像など、骨董品が置かれている。

[粤唯鮮]
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食器は、切り子のグラスが用意されていて、なかなかお洒落。

[切り子のグラス]
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天津最後の夜なので、お料理はちょっと贅沢に、フカヒレ・スープや燕の
巣などを注文してみた。

[粤唯鮮の料理]
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お腹いっぱいになった後、最後のマッサージに行ってから帰宅し、また
荷造り最終チェック。
最後の夜は、結局、2~3時間しか寝られなかった…(--;)
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by yuzitj | 2008-06-30 09:27 | 天津

天津“曹庄花卉市場”

2008年3月17日。
“天津熱帯植物観光園”を出た後、すぐ横にある“曹庄花卉市場”へ
行ってみた。
この花卉市場は、中国華北地区で最大の花卉集散地である。

花卉市場なら、様々なお花を見ることが出来るだろうと思っていたの
だが、お花屋さんに置いてあるお花の種類はあまり多くなかった。
しかも、どの店も同じようなお花しか置いていない…。
時々、たくさんの種類の花を置いている店を見かけたが、じっくり見て
見ると、造花だった…(--;)

[曹庄花卉市場]
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でも、春先らしく、ガーベラやチューリップが店先に並べられていて、
花を見ていると癒された。


<おまけ>
いつも苺やライチ、マンゴーなどを買っていたアパート近くの果物屋さん。
生のライチ、食べたいなぁ…。

[果物屋さん]
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by yuzitj | 2008-06-27 08:52 | 天津

天津熱帯植物観光園(2)

“天津熱帯植物観光園”のつづき。

園内には洞窟もあり、中には仏像が…。
何だか、熱帯植物園らしくないのだが…(^^;)

[洞窟と仏像]
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園内では時々、アフリカの民族舞踊を披露しているようだ。
歩いていると、太鼓の音が聞こえたり、歌が聞こえていた。
民族舞踊を踊る人達なのだろう、園内にはそれらしき服装をした人が
歩いていたり、休んでいたり…。
園内を歩いている間、何度も遭遇した。

[民族舞踊ダンサー(?)]
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園内には、作り物の動物達があちこちにいる。
中には、近くを通ると動く物もあった。
蛇は水を吐くので、濡れないよう注意が必要。

[作り物の動物達]
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(動画)


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(動画)


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園内には、本物の動物達もいる。

[本物の動物達]
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園内は暖かく、景色がいいからだろう。
結婚写真の撮影スポットとなっていた。

[結婚写真の撮影風景]
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この熱帯植物園、花卉市場の隣にあるということで、もっとたくさん熱帯
の花が咲いているのかと思っていたが、花は少なかった…。
お花が多いと、結婚写真も映えるのになぁ…。
市内からはちょっと遠いけれど、園内は暖かいので、冬場の行楽には
良いだろう。
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by yuzitj | 2008-06-26 09:02 | 天津

天津熱帯植物観光園(1)

2008年3月17日。
この日は、西青区にある“天津熱帯植物観光園(簡体字で“天津热带
植物观光园”)”へ行ってみた。

“天津熱帯植物観光園”は、中国華北地区で最大の花卉集散地である
“曹庄花卉市場”の横にある。
2.6億元を投資したこの施設は、敷地面積500畝(500ムー、約33ha)、
建物面積40,000㎡あり、アジアで最大の室内植物園となっている。

[天津熱帯植物観光園]
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[植物園内]
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(つづく)
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by yuzitj | 2008-06-25 08:39 | 天津

天津“古文化街”

2008年3月16日。
この日は、帰国時のお土産を買い足しに、古文化街へ行った。

[古文化街]
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古文化街にある厳復(簡体字で“严复”)の像の周りには、写真を撮る
観光客がいっぱいいた。
中には、西洋人の姿も…。

厳復(1853-1921)は福建省侯官県出身。
清朝末期から民国初めにかけての啓蒙思想家で、トマス・ヘンリー・
ハクスリーの「進化と倫理」を訳し、「天演論」として出版した翻訳家でも
ある。
「天演論」は、清朝末の中国で話題となり、その後の中国社会に大きな
影響を与えた本である。(康有為や梁啓超の思想にも影響を与えた。)

1877年、イギリスに留学、ヨーロッパの軍事・文化・思想を学び、帰国後
の1880年、北洋水師学堂(李鴻章が天津に創設)の総教習となった。
以後、厳復は総教習の職を二十年間勤めた。
「天演論」は、その天津滞在期間に書き上げられたものである。

私も観光客に交じって、写真を撮ってみた。

[厳復の像]
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買い物をし終えて、古文化街を散策していたら、咳止めのお菓子と書か
れた“大梨糕”というお菓子を見つけた。
その頃、よく咳が出ていたので、試しに買ってみた。

[大梨糕]
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その日のお昼ご飯は、南市食品街にある日本料理屋“順々堂”へ。
中華料理にはない“天津飯”が、このお店では食べられる。
(このお店での名前は“天津丼”。)
日本では“天津飯”が好きだったので、このお店に来ると、よく注文した。
このお店は、以前、料理教室をしていたので、よく通っていた。
店のオーナーに帰国の挨拶をし、ひとしきり思い出話に花を咲かせて
から、店を後にした。

[順々堂の天津丼]
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帰宅してから、“大梨糕”を食べてみた。
メレンゲをカチカチに固めて、ちょっとだけ焦がしたようなお菓子。
苦甘い味がした。
“梨”の字が付いているので、“梨”の成分が入っているかと思いきや、
成分表を見ても、表記なし…。

[大梨糕]
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“大梨糕”を食べても、あまり咳に効かなかった…(--;)
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by yuzitj | 2008-06-24 09:18 | 天津

天津図書館

2008年3月14日。
この日は、天津図書館に行ってみた。

[天津図書館]
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天津の図書館は歴史が長い。
1908年(清光緒34年)に直隷図書館として創建されてから、100年の
歴史を持つ。

復康路にある現在の天津図書館は、1991年に天津市政府によって
建てられたもの。
建物面積は3.2万㎡、500万冊が収容可能なのだそうだ。

天津図書館の現在の蔵書数は321万冊、うち中国語図書は210万冊、
外国語図書は40万冊、古書は40万冊、中国語・外国語の新聞雑誌の
合本30万冊。

天津図書館は現在、工事中。
本来の入り口ではなく、裏口から入る。

まずは利用の手続き。
図書館の利用カードを作る。

[図書館利用カード]
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中国語図書の図書室、閲覧室を見学。

[中国語図書の図書室、閲覧室]
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中に入らなかったのだが、電子文献資料室、視聴覚資料室もあった。

[電子文献資料室]
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[視聴覚資料室]
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外国語図書の図書室を見学。
英語図書の他、ロシア語図書、日本語図書などがある。
日本語図書は思ったより数があったが、どれも古い…。
日本語を勉強している人は、新しい情報が欲しいだろう。
語学の学習者には、図書館は向いていないようだ…。

[外国語図書の図書室]
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(ロシア語図書)
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(日本語図書)
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租界時代の日本語新聞を見たかったのだが、現在、図書館が工事中の
ため、新聞資料は片付けてあるそうで、見ることが出来ず…。

本の棚を一通り見学してから、外に出る。
図書館の裏は、公園になっている。
桜のような花(梨の花?)が咲いていて、とても綺麗だった。

[図書館の裏]
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帰国が近いので本は借りなかったが、1日だけでも本を借りて図書館裏の
公園で読んでみるのも良かったかもしれない…。


<おまけ>
図書館の敷地内には売店もある。
喉が渇いたり、お腹が空いても大丈夫!

[図書館敷地内の売店]
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by yuzitj | 2008-06-23 08:51 | 天津

天津“ホルモン焼き”

2008年3月13日。
この日の夜は、中国語の先生と一緒に韓国人街へ行って、ホルモン
焼きを食べた。

[ホルモン焼きの店]
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先生一押しのホルモン焼きは、ピリ辛のタレに漬け込んであり、かなり
美味しい!
天津でホルモン焼きは初めてだったが、こんなに美味しいのなら、もっと
早く知りたかった…(><)

[ホルモン焼き]
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これまた先生推薦の“洗面器混ぜご飯”も一緒に注文。
洗面器のような容れ物に入ったご飯は、見た目はイマイチだが(^^;)、
かなりイケる味。

[洗面器混ぜご飯]
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もやしスープとキムチ、韓国焼酎を一緒に頼み、食べながら歓談。

[もやしスープとキムチ]
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喋っている間は楽しかったが、二年以上お世話になった先生とのお別れ
は本当に辛かった…(;_;)
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by yuzitj | 2008-06-20 08:47 | 天津

天津“海河沿い”

2008年3月13日。
イタリア租界を散歩してから、海河沿いに出た。

以前も行ったことのあるオーストリア租界の音楽公園へ。
音楽公園脇の“海河歴史建築保護展覧館”は、まだ工事中だった。

[海河歴史建築保護展覧館]
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音楽公園を歩く。
以前来た時は気付かなかったのだが、木の根もとに楽器のマークが
あった。
なかなか可愛らしい。

[音楽公園]
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公園を抜けて、海川沿いを散歩。
天気が良く、海河に架かる橋や、オーストリア租界の洋館が素敵だった。

[海河沿い]
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<おまけ>
オーストリア租界の対岸は、古文化街。
最後に書き上げた農民画の額が出来てきたので、受け取りに行った。
最後の農民画は、骨董品屋さん。
店主のおじいさんと猫が可愛らしい。

[最後の農民画]
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by yuzitj | 2008-06-19 09:05 | 天津

天津“梁啓超記念館”

2008年3月13日。
この日は天気が良かったので、鼓楼からイタリア租界に行って散歩。
途中、以前イタリア租界に来た時に見学出来なかった“梁啓超記念館”
に寄ってみた。
“梁啓超記念館”は、イタリア租界の洋館が建ち並ぶ“民族路”にある。

[梁啓超記念館]
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梁啓超(1873-1929)は、広東省新会県出身の、清末から民国時代
にかけての啓蒙思想家であり、政治家でもあった人物である。

梁啓超は、光緒帝から清朝改革の主導権を与えられた康有為を支え、
中国近代化を目指し、革新運動を起こしたが、“戊戌の政変”は失敗し、
康有為と共に日本へ亡命することになった。
亡命後の日本では、日本やヨーロッパの新しい思想を勉強、新聞・雑誌
を次々と発行し、宣伝活動を行った。

1912年に帰国し、“戊戌の政変”の際に裏切った袁世凱のもとで、内閣
の司法総長となった。
しかし、その後の袁世凱の帝政に反対し、討袁軍を組織した。

その頃の1915年、梁啓超は天津に居を構えた。
その住まいが、ここである。
故居と書斎の“飲水室”は2002年10月から、記念館として開放された。
館内は、梁啓超に関する資料や写真、遺品などが展示されている。

残念ながら、館内は写真撮影禁止…。
建物の写真だけしか撮ることが出来なかった。

[梁啓超記念館]
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(梁啓超の書斎だった“飲水室”)
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館内には、5才で儒教の勉強をしていて“神童”と呼ばれていた時代の
資料から、「戊戌政変記」、日本に居た頃の刊行物など、梁啓超に関する
資料がたくさん展示されていて、当時、国を良くしようと苦心していた彼の
思いが伝わってくるようだった。

梁啓超が今の中国を見たら、どう思うだろうか?
きっとまた苦心するのだろう…。
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by yuzitj | 2008-06-18 08:27 | 天津

天津“教会・倉門口堂”

2008年3月13日。
鼓楼の東街には、キリスト教の教会がある。
名前を“倉門口堂(簡体字で“仓门口堂”)”という。

今までは、いつも門前に寄付を求める信者達がいて、入りづらい教会
だった…。
この日、教会の前を通ると、誰も寄ってこないし、門も開いていたので、
入って見学させて貰うことにした。

[倉門口堂]
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“倉門口堂”は、1910年に建てられた、華北地区で初めての中国人が
自ら建てた教会である。
敷地面積は1,241㎡、建物面積は1,126㎡。

管理人らしき人物に見学を申し出ると、人の良さそうな笑顔で案内して
くれた。

[倉門口堂]
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清朝末期、八ヶ国連合軍が中国を侵略、外国人宣教師たちと中国人の
間には、諍いが絶えなかった。
反帝国主義・愛国主義を掲げた義和団が運動を開始した頃、中国人信者
による中国キリスト教“三自(自立・自養・自伝)”愛国運動も始まった。
そのような運動が高まる中、“倉門口堂”は建てられたのである。

管理人さんは礼拝堂の鍵を開け、その後、自由に見学させてくれた。
礼拝堂は、二階席もある立派なものだった。

[倉門口堂]
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教会には信者の方達が自由に出入りしていた。
皆、人の良さそうな表情をしていたのが印象的だった。
(以前、門前にいた寄付を求める人たちは近付きがたかったのだが…。)

信じるものがあると、人は優しくなれるのだろうか?
無宗教の私には分からない…。
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by yuzitj | 2008-06-17 08:48 | 天津