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三峡下り旅行(5)

23日早朝、三峡の最初の峡谷、瞿塘峡に入った。
瞿塘峡は、西は白帝城から、東は巫山までの全長8kmの峡谷である。
早起きして、李白の詩や、三国志の劉備元徳の最後の居城として有名な
白帝城を見るつもりだったが、外は真っ暗…。
諦めて、二度寝する。

朝6時半ごろ、本格的に瞿塘峡に入る。
瞿塘峡への入り口と言われる、絶壁が迎える壮観な峡谷は、中国の10元
札の絵柄になっているところ。
瞿塘峡は、三峡のうち、最も雄大な峡谷だと言われている。

[瞿塘峡の入り口]
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[瞿塘峡]
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朝食後、すぐに第二の峡谷、巫峡に入った。
巫峡は全長44km、巫山十二峰が並び(特に有名なのは神女峰)、三峡
のうち、最も美しい峡谷と言われている。

[巫峡]
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[巫峡](動画)




巫峡を見学している途中で、雨が降ってきた。
急いで部屋に戻る。
部屋は、狭いながらもバス・トイレ・テレビ・冷蔵庫付き。
思っていたより、快適に過ごせる。

[部屋]
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身体が濡れて冷え切ってしまったので、部屋で暖かいお茶を飲む。
部屋には、ティーバッグがあった。
龍井緑茶と、雲南紅茶が用意されていた。
飲みながら、部屋からの景色を楽しむ。

[ティーバッグ]
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[部屋からの眺め]
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雨はすぐ上がった。
その日は、10時から船を乗り換え、お弁当を持って神農渓観光へ。
まずは、神農渓の入り口まで、大きめの船に全員が乗って移動した。

[移動途中の景色]
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神農渓は、神農架に源を発し、長江に注ぎ込む支流。
絶壁に囲まれた渓谷には、少数民族の土家族の人々が住んでいる。
神農渓の入り口から、土家族の人々が漕ぐ小舟に乗り換える。

土家族の人々の力強い漕ぎっぷりには、圧倒される。
下流から上流に向かうので、流れに反して漕がなければならない。
途中、流れが急で浅い場所では、漕ぎ手は下りて、ロープで船を
引っ張る。
岸には、ちゃんと監督役の人もいて、次々、指示を出していた。

河原で一旦、下船。
お弁当を広げるが、少し食べたところで時間がなくなり、すぐ舟に
戻された。
景色を楽しみながら、ゆっくり食べたかった…。

そこから舟は下流へ戻る。
写真には納められなかったが、途中、猿が何匹かいた。
切り立った断崖には、かつて塩を運んだ桟道跡、断崖に掘られた穴に
埋葬された棺や棺の跡なども残っている。

[神農渓]
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途中、雨に降られたりもしたが、舟にはテントもあり、大丈夫だった。
舟でガイドをしてくれた土家族の女性が、土家族の歌を歌ってくれたり
して、雨の中の渓谷観光も趣があってなかなか良かった。

神農渓観光は、とても楽しかったが、三峡ダムが出来るまでは水位が
低く、観光遊覧は出来なかったらしい。
三峡ダムで沈みゆく街も多いが、新たな観光スポットとしてこのように
注目されつつあるところもあるのである。

(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-31 06:00 | 中国

三峡下り旅行(4)

昼過ぎ、豊都に到着。
一旦、下船して上陸、豊都を見学。

豊都は、重慶から長江を172km下ったところにある。
船着き場から、電気自動車に乗り、名山公園の麓へ。
麓から山頂までは、リフトに乗る。

[船着き場から名山公園へ]
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豊都には、前漢の王方平と後漢の陰長生の二人が修業して仙人になった
という伝説がある。
後世の人々の間違いで、二人の姓から、“陰王(閻魔大王のこと)”がいる
と伝わってしまい、いつしか豊都は鬼城と呼ばれるようになり、閻魔大王
が祀られるようになったそうである。

[鬼城の入り口]
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途中、明代に造られたという橋があった。
行きは真ん中の橋を、男性は左足から、女性は右足から、九歩で渡ると
良いとされている。
帰りは、両端の橋を渡る。
健康運が良くなる橋と、金運が良くなる橋があり、自分の願いにより、選択
して渡る。
歩数は多い方が良く、小股で渡るようにとの説明があった。

[橋]
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橋を渡るとそこは、閻魔大王のいる場所。
鬼城の敷地内を見学。

[鬼城敷地内]
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重さ150kgの鉄臼を転がして積み上げるパフォーマンスがあった。
観光客も試してみたが、転がすこともままならなかった。
力も必要だろうが、何かコツがあるのだろう。

[鉄臼]
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[鉄臼転がし](動画)


“地獄之門”があり、門をくぐると長江が見渡せた。
山のすぐ麓は豊都の旧市街が広がっていたそうであるが、三峡ダム建設
の影響で水没してしまうため、対岸に街を移したそうである。

[地獄之門]
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[豊都の景色]
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[豊都の景色](動画)


見学を続けていると、途中、大きな仏像の頭が、山の上に見えた。
ガイドの話によると、仏像はホテルになるはずの建物だったらしいが、
建設途中で社長が亡くなり、建設は中止になったとか…。
閻魔大王のいる山に造ったので、バチが当たったのかも…。

[仏像型ホテル]
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その後も鬼城見学は続く。

[鬼城敷地内]
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鬼城を見学した後、船に戻る。
見学中はとにかく暑くて、汗だくになった…。

[乗船]
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乗船後、部屋から流れゆく景色を見ながら一休み。
長江は、石炭を運ぶ船が多い。

[部屋からの眺め]
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夕方、船長主催のウェルカム・パーティ。
サン・デッキにて、ビュッフェ形式のパーティがあった。

[船長主催のウェルカム・パーティ]
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ウェルカム・パーティ後、夕食。
夕食のバイキングも美味しい料理ばかりで、満足!

[夕食]
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夕食後は、ダンス・ホールにて、船主催のウェルカム・パーティ。
船のスタッフ達によるダンス・ショーや、二胡の演奏会、マジック・ショー
などなど、なかなか楽しいイベントだった。

[船主催のウェルカム・パーティ]
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その日も、汗だくになったTシャツなどを洗濯してから就寝。
その夜は、少し船の揺れを感じて、なかなか眠れず…。

(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-30 06:00 | 中国

三峡下り旅行(3)

22日、朝起きると、濃い朝靄がかかっていた。
デッキに出てみる。
写真を撮ろうとすると、すぐレンズが曇る…。
レンズを拭きながら、写真を撮る。

[朝靄の港にて]
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長江は、揚子江とも呼ばれる。
その源はチベット高原のタングラ山脈で、長さは6300km。
先日乗った青蔵鉄道では、その源流に近い上流の流れを見た。
上流ではまだ水量が少なかったが、中流の重慶では豊かな水流となり、
滔々と流れている。

三峡下りは、この長江の中流にある三つの峡谷(瞿塘峡、巫峡、西陵峡)
を下る船旅である。

今回乗った船は、五つ星船である皇家公主号(仙婷号、仙妮号、仙娜号)
の中の仙妮号(Princess Jeannie)である。
三峡下りの遊覧船は数多くあるが、皇家公主号は唯一中国国外(ドイツ)
の会社が建造したもの。
船体の長さは129.15m、278人乗船可能な船で、三峡下りの遊覧船の
中では、最大のものらしい。

船は、朝の8時前に重慶港13埠頭から出航した。
別の埠頭には、龍の形をした遊覧船・乾隆号が停泊していた。
とても目立つ。

[出航]
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出航後、重慶の街の景色がどんどん後ろへと流れていく。
重慶は、長江と嘉陵江の二つの河の合流するところにある。
春秋戦国時代から、長江を利用した水上交易の中心地として栄えてきた
街である。
重慶は、別名“山城”と呼ばれている。
前の晩に重慶の街を移動した時、見事に平坦な地が無かった。
小高い山の上に、高層ビルが建っていて、とても立体的な街に感じた。

[重慶の街]
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港を離れると、すぐ長江と嘉陵江との合流点となる。
茶色く濁った長江と、濁っていない嘉陵江との境目がくっきりと分かる。

[長江と嘉陵江との合流点]
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長江では、現在、橋の建設が進んでいる。
どこでも橋が建設中だった。

[建設中の橋]
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長江を行き交う船は多い。
船用のガソリンスタンドがあちらこちらにあった。

[船用のガソリンスタンド]
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出航後、しばらくデッキで過ごしてから、朝食へ。
中国人客も多いが、基本的に西洋人向けの船。
なので食事は、数種類の中華料理もあるが、ほとんどが西洋料理。
朝食のバイキングでは、フレンチトーストなどを食べる。
中国では美味しい西洋料理には滅多にありつけないが、さすがに五つ星
船だけあって、料理はなかなか美味しい!

[朝食]
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朝食後は、船の安全説明会があった。
その後は、午後の上陸観光まで時間が余る。
船内では時間を持て余さないように、各種レクチャーなどが用意されて
いる。
その日の午前中は、中国伝統医学講座と、中国中医薬草パック講座が
あった。

中国伝統医学講座に出席してみた。
先生は、船医でもある高先生。
最初に太極拳の披露と、中医学についての簡単なレクチャーがあり、
その後、ツボを6ヶ所教えてもらった。
次に鍼やカッピング、マッサージのデモ。
なかなか気持ちよさそうだった。

[中国伝統医学講座]
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昼までまだ時間があったので、バーでお茶を飲む。
その日のお薦め、中国漢方茶の胖大海を飲む。
以前、飲んだことがあったが、この日飲んだ胖大海には蜂蜜も加えて
あり、甘くて美味しかった。

[胖大海]
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バーでしばらく寛ぐ。
その辺りは、造船所が多かった。
造りかけの船が河に突っ込んでいると、座礁しているように見える。

[バーから見えた造船所]
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そのうち、昼食となった。
昼食のバイキングも美味。

[昼食]
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(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-29 06:00 | 中国

三峡下り旅行(2)

宝頂山石刻群見学の続き…。

1000以上の手を持つ千手観音や、全長31mの釈迦涅槃像(足は岩の
中)などには圧倒された。

[千手観音像]
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[釈迦涅槃像]
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[釈迦涅槃像](動画)


その後も色鮮やかな石刻群が続く。
雨の多い地域にも関わらず、当時の形や色彩を留めているのは、
すごいことだと思う。

[石刻群]
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[石刻群](動画)


[石刻群]
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[石刻群](動画)


見学の途中、雷が聞こえ始めた。
そのうち、雨が降り出してきたので、急いで車に戻る。

高速に乗り、重慶の市街地へと戻る。
夕飯は、重慶名物の火鍋。
この店の火鍋は、具がバイキング式に並んでおり、食べ放題だった。
天津にも火鍋の店はたくさんあり、いつでも火鍋を食べることが出来るが、
本場で食べるのは格別!

[火鍋の店、火鍋]
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夕飯を食べ終わっても、スーツケースは行方不明のまま…。
その晩から三峡下りの船に乗船するのに、着替えも何も無い!
ガイドさんに、重慶で一番賑わっている繁華街に連れて行って貰い、
買い物をすることになった。
スーパーや市場で、着替え・下着・靴下・洗顔用品を買い揃える。
いつもなら、繁華街をブラブラ楽しく散歩するところだが、乗船の時間
まで1時間半ほどしかなく、かなり慌てて買い物をすることになった。

[重慶の繁華街に建つ解放碑]
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時間が無かったので、服も下着も最低限の数だけ揃えて船に乗船。
夜の10時が、乗船の門限だった。
すぐ出航するのかと思いきや、乗船の際に貰ったスケジュール表を見て
みると、翌日朝8時に出航となっている。
乗船の門限がなければ、もう少しゆっくり買い物出来たのに…。

[港の様子]
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買い物で疲れたので、デッキで一休み。
それから、部屋に戻り、シャワーを浴びる。
服が足りないので、洗面所で、その日着ていた服や下着を洗濯。
せっかく五つ星の船に乗ったのに、バックパッカー並み(それ以下かも…)
の荷物だけしかなく、侘びしさを覚えつつ、就寝…。

(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-28 06:00 | 中国

三峡下り旅行(1)

8月21日~25日、三峡下りの旅行に行ってきた。
21日の早朝に天津を発ち、北京空港から重慶空港へ。

重慶空港でスーツケースを受け取ろうと思ったら、なかなか出て来ない。
最後まで待ってみても、結局、出て来なかった!
空港のバゲージ・クレームの事務所で手続きをおこなった。

それにしても、乗り換えのない便で、荷物がなくなるとは!?
今回は、北京のチェックインカウンターで、ちゃんと行き先の確認もした
はずなのに…。(エア・チャイナ、しっかりして欲しい!)

スーツケースが見つかり次第、連絡をしてもらうことになった。
空港に居ても仕方ないので、早速、重慶の観光へ。

空港からは車に乗って、大足県に向かう。
大足までは高速を使って、2時間半。
高速を下りると、農村風景が広がっていた。
道路も自分の家の庭と化し、稲を広げているので、車が対向しづらそう
だった。

大足には唐末期から南宋にかけて造られた多くの石窟があり、その
石窟群は、1999年に世界遺産登録されている。

車は、宝頂山に到着した。
車を下りると、かなりの蒸し暑さ!
天津では経験したことのない暑さにビックリ!

石刻を見学する前に、まず腹ごしらえ。
団体ツアー客用と思われるレストランで、重慶料理を食べることに。
店の中は、やはり中国人や西洋人の団体客が座っている。
そういう店なので、味の方は全く期待していなかったのだが、予想に
反して、かなり美味しくて、満足!

[レストラン、料理]
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お腹がいっぱいになったところで、石刻見学へ。
宝頂山の石刻群は、南宋時代の1179年から1249年まで、70年の
歳月をかけて造られたもので、大足石窟群の中でも特に有名である。
石刻は、仏教や儒教に関するものが彫られている。
途中の参道には、大きな線香などが売られていた。

[宝頂山石刻群への道にて]
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[宝頂山石刻群、敷地内]
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石刻は、寓話や日常生活を描くものがあったり、戒めを説いたものが
あったり、観ていてなかなか面白い。

[宝頂山石刻群]
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(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-27 06:00 | 中国

北京日帰り旅行(3)

宛平城を後にして、タクシーで地下鉄の駅へと向かう。
地下鉄に乗り、東四十条駅で降りる。
次に向かったのは、南新倉街。

南新倉街は、明代1409年に建てられた皇帝の食料倉庫群だった所
である。
この場所は、食料を蓄えるのに風水的に良い土地だったらしい。
当時の建築技術の粋を集めた倉庫群は、明・清時代に増設され、
全盛期にはおよそ70もの倉庫が建っていたそうである。

再開発で倉のほとんどは壊されてしまったが、保護されて残っていた
9棟を改修、新たに統一された新棟も建て、昨年の夏、食と文化を発信
する街として蘇った。

保利大厦や南新倉国際大厦などの大きなビルに挟まれた谷間にある
この南新倉街。
倉という古い外観にも関わらず、スタイリッシュなレストランが軒を連ね、
今北京で注目のスポットらしい。

[南新倉街]
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夕飯はこの南新倉街の中にある上海料理の店・酷客に入った。
外観は倉であるが、中に入ってみると、現代的なレストランだった。
豚肉のミント添えや、蟹味噌の小籠包など、味はあっさり目で美味!

[酷客、料理]
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すっかり暗くなってからの南新倉街は、赤い提灯が点り、また違った
雰囲気が楽しめる。
涼しくなってからは、近所に住むおじさんやおばさん達が散歩がてらに
寄る場所となっているようだ。
夕涼みの人達で賑わっていた。

[夜の南新倉街]
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南新倉街からは、保利大厦のまばゆいばかりのビルが目に入る。
このミスマッチ感が北京らしく感じる。

[保利大厦]
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南新倉街を楽しんだ後、地下鉄に乗って、北京駅へ。
北京駅に着いてみると、何だか明るい!
駅のライトアップが変わったようだ。
おかげで駅前も明るくなった。
これもオリンピックに向けてのことだろうか?

[北京駅]
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北京駅の中に入ると、いつもの暗いロビー…。
やはり外見だけのようだ…(^^;)
帰りも16両編成の電車に乗って、天津に帰った。

この日は、北京の昔と現在、田舎と都会など、色んな面を一遍に見て、
「北京の街って深いなぁ…」と、つくづく感じた。


<追伸>
今日から旅行に出掛けるので、またしばらくブログはお休み…。
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by yuzitj | 2007-08-21 06:00 | 北京

北京日帰り旅行(2)

蘆溝橋のすぐ向かい側には、城壁で囲まれた宛平城がある。
宛平城は、蘆溝橋事件の際、日本軍が最初に占拠した場所である。

城壁をくぐり、中に入ってみると、大通りは観光地化された建物が建って
いた。
でも、人通りは少なく、ひっそりとしていた。

[宛平城]
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通りには、旅館や土産物屋などが建ち並んでいる。

[土産物屋]
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立派な門構えの小学校も…。

[小学校の門]
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でも、大通りから一歩中に入ると、庶民の生活の場。
北京の胡同の街並みが広がっていた。

[胡同]
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城内の中心に、立派な建物が現れた。
その建物は、中国人民抗日戦争記念館であった。

1987年に完成した中国人民抗日戦争記念館は、中国にとって戦勝60
周年にあたる2005年に大幅改修されたようだ。
展示面積は、6000㎡以上。
1931年の満州事変(柳条湖事件,九・一八事変)から抗日戦争勝利まで
の歴史的事件の写真資料3800件、文物資料5000件を展示している。

蘆溝橋や宛平城の通りには人が少なかったのだが、記念館内は夏休み
らしく、子どもを連れた家族が大勢見学していた。
どの家族も、父親が子どもに、熱心に説明していたのが印象的だった。

[中国人民抗日戦争記念館]
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日本軍がおこなってきた暴行の惨状を展示したエリアでは、これでもか
というくらい、死体の写真が並べられていた。
それまで賑やかだった中国人観光客達も、このエリアでは息を飲み、
言葉が出ない様子だった。

暗い気持ちで見学していると、係員から声を掛けられた。
いつの間にか、閉館の時間になってしまったらしい。
展示室がとても広いので、見学にかなり時間がかかってしまったようだ。
最後の方の展示は、さっさと見ておしまい…。

記念館を出て、また宛平城を歩く。
蘆溝橋とは反対側の東に向かう。
劇場や書画の店、茶館など、立ち寄りたい気もしたが、時間がないので
諦める。

[劇場]
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[書画の店]
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[茶館]
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東側の城壁のを出ると、いきなり市場だった。
道路脇にズラッと店が並んでいる。
店といっても、野菜売りの店などは、そのまま道路に野菜が並べてある
だけだが…。
夕方の買い物の時間帯であり、なかなか賑わっている。
市場は、何となく楽しい気分にさせてくれる。

[宛平城外の市場]
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市場の広がる道路をしばらく歩いていくと、頭上に貨物列車の線路が
あった。
ちょうど橋をくぐる時、頭の上で貨物列車が通った。
中国の貨物列車は長い!
延々と続く、貨物列車を眺めているのも面白い!

[貨物列車]
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(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-20 06:00 | 北京

北京日帰り旅行(1)

8月11日、北京へ行ってきた。

天津からは、いつもの電車“動車”に乗ったのだが、夏休みで乗客が
多いせいか、8両編成が16両編成になっていた。

[“動車”の連結部分]
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北京に着くと、滅多に見られないほどの快晴!
8月8日の北京オリンピック1年前式典の日を晴れさせるため、人工的に
気象調整をしたらしいが、その影響で北京はここのところ、晴れた日が
続いているらしい。

“人工的に気象調整”とは、北京から約90km離れた地点で、人工的に
雨を降らし、北京市内に雨を降らせないようにするもの。
おかげで天津は、毎日、どんより曇っている…(^^;)

天津では最近、毎日、昼夜を問わず、散水車が道路に水を撒いている。
ちょっと前までは、日本の“打ち水”のようなものだと思っていたが、天気の
悪い日でも、気温の低い夜中でも、欠かさず散水しているのが気になって
いた。

多分、蒸発した空気と排気ガスを結びつけて、雲を作っているのだろう。
例年になく、湿気が多いのもこのせいだと思われる。
北京のために、天津の天気が犠牲になるとは…(--;)

北京に着いてから、地下鉄に乗って、国貿駅へ。
北京での楽しみのひとつである、ラーメンを食べに行く。
今回は、建外SOHOの井上亭にて、豚骨ラーメンを食べる。
久しぶりに美味しい豚骨ラーメンを食べた。
北京の日本人向けラーメン屋さん、どこでもいいから、天津にも進出して
来てくれないかな?

[井上亭、豚骨ラーメン]
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食べた後、また地下鉄に乗り、八角遊楽園駅へ。
この駅のすぐ北側には、ディズニー・キャラクターの模倣で日本でも話題
になった石景山遊楽園がある。
さすがに、ディズニーやサンリオ・キャラクターは撤廃したらしいが…。

遊園地には行かず、タクシーに乗って、今回の目的地である蘆溝橋に
向かう。
途中の道は、北京の市街地に比べて建物も少なく、畑などが広がって
いた。

蘆溝橋は、北京の南西を流れる永定河に架かる橋。
1192年に完成したこの橋は、全長235m、橋の欄干には、それぞれ
異なった姿をした獅子像が492並べられている。
マルコ・ポーロが「東方見聞録」の中で、美しいと称えた橋である。
蘆溝橋に着くと、橋の手前部分は、公園として綺麗に整備されていた。

[蘆溝橋手前の公園]
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マルコ・ポーロが美しいと称えたこの橋は、蘆溝橋事件の舞台となった
橋でもある。
1937年7月7日夜、蘆溝橋付近で日本の駐屯軍1部隊の夜間演習中、
実弾射撃を受けた際、兵が1名行方不明であったため、中国軍の発砲と
みなし、砲撃を開始、両軍の衝突となった。
これが蘆溝橋事件(中国では七七事変)である。
蘆溝橋事件は、日中戦争の発端となった。

橋の真ん中部分は、創建当時の石がまだ残っている。
すり減って、かなりデコボコしている。

[蘆溝橋]
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橋の東側には、清の皇帝・乾隆帝親筆の“蘆溝暁月”と書かれた石碑が
建っている。

[乾隆帝親筆の石碑]
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永定河の河畔から、橋を眺める。
かつての事件を偲ばせないほど、今ではのんびりとした風景である…。

[永定河河畔から見た蘆溝橋]
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(つづく)
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by yuzitj | 2007-08-19 06:00 | 北京

天津“飛行船”

8月4日のお昼、部屋でゆっくりしていると、外から“ブ~ン”と音がする。
だんだん近付いてくるので、窓の外を見てみるとビックリ!
目の前に飛行船が飛んでいた。
(ちなみに飛行船は、中国語で“飞艇”。)

うちのアパート前は、イギリス租界地で、高い建物がないエリア。
そのエリアをグルグル何周もしてから、別の場所へ飛んでいった。

それから2~3日、昼間、飛行船が飛んでいた。
2~3日いなかったかと思うと、また2~3日続けて飛んでいる。

[飛行船]
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船体に“GOOD YEAR”と書いてあったので、ネットで調べてみると、
今年の3月から9月まで、中国各地を巡回して宣伝しているそうだ。
8月は、天津と瀋陽を回るらしい。
天津の空に飛んでいない日は、瀋陽で飛んでいるのだろう。

[飛行船](動画)


ゆったり飛んでいる飛行船を観ていると、何だかのんびりした気分になる。
一度、乗ってみたいなぁ…。
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by yuzitj | 2007-08-18 06:00 | 天津

青海省・チベット旅行(14)

セラ寺を見学した後、ラサの旧市街地に戻ってきた。

チベット様式の建物が並ぶ旧市街地の丹傑林路は、土産物屋やホテル、
レストランなどが多く、観光客で賑わっている。

[丹傑林路]
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チベットの建物には、お寺だけでなく、民家の建物の屋根にも五色の
タルチョ(チベット仏教の旗)がたなびいている。
タルチョは、毎年、お正月になると、掛け替えるそうだ。
タルチョのこの五色、現在は、陰陽五行の五行“木・火・土・金・水”に
基づいていると解釈されているが、本来は、仏教伝来以前からの習慣
なのだそうだ。

[タルチョ]
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この日の昼食は、ニュー・マンダラ・レストランにて、チベットの麺料理
“トゥクパ”と、ネパール・カレー(ホウレン草とチーズのカレー)を食べた。
ヤク肉の“トゥクパ”は、ヤク肉の他にも野菜たっぷりで、スープも美味。
ホウレン草のネパール・カレーは、チーズも入っているので、マイルドで
辛くないカレー。
これも、とても美味しかった(^^)

[ニュー・マンダラ・レストラン]
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[トゥクパ]
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[ネパール・カレー(ホウレン草とチーズのカレー)]
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ニュー・マンダラ・レストランからは、大昭寺やその周辺の街並みを
眺めることが出来た。
通りを眺めているのは、なかなか面白かった。

[ニュー・マンダラ・レストランからの眺め]
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昼食後、旅行社に頼んであった車で、空港に向かう。
ラサのゴンカル空港は、ラサの市内から南東へ約100km行ったところに
ある。
空港に向かう道は山の中を走り、景色も綺麗だが、伝統的なチベット族の
民家や、大仏画なども見ることが出来る。
もっとも民家は、2005年のチベット自治区創設40周年の時、中国政府が
建て直させたものらしいが…(--;)

疲れていて、心地良い風が入る車に乗っていると、ついつい居眠りしたく
なってしまうが、山中の景色が素晴らしく、寝てしまうのがもったいない。

空港への道は、ずっと川沿いを走る。
この川は、チベット側ではヤルツァンポ川と呼ばれているが、この後、
ヒマラヤ山脈をグルッと回り込んで、インドに入ってブラフマプトラ川と
なる。

ブラフマプトラ川沿いと言えば、インドのアッサム地方。
アッサム紅茶の産地である。
この川の水蒸気で美味しいアッサム紅茶が出来上がるのである。
ヤルツャンポ川からは、まだまだ遠い先の話であるが…。

[ヤルツァンポ川]
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空港への道は、今まで遠回りしてかなり時間がかかっていたらしいが、
この道についても、2005年のチベット自治区創設40周年の時、中国政府
が、山を掘ってトンネルを造り、川には大きな橋をかけ、かなり距離的にも
時間的にも短縮させたらしい。
そのトンネルを通り、橋を渡り、ゴンカル空港に着いた。

[ゴンカル空港]
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飛行機は少し遅れて飛び立った。
飛行機の窓からは、しばらくヒマラヤ山脈が見えていた。
標高の高い山は、とても近くに見え、迫力があった。

[ヒマラヤ山脈]
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その後も、ずっと街はなく、険しい山の景色だった。
ひとつだけポツンと集落が見えたが、周囲は見渡す限り、山ばかり…。
隣村まで、一体、どれくらいかかるのだろう?
そして、どんな暮らしをしているのだろう?
かなり気になった。

四川省の成都で、飛行機を乗り換え。
空港で四川の名産品などを見てみたかったが、残念ながらそんな時間は
無かった…。

[成都空港]
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北京に着いたのは、夜中12時。
天津行きの最終バスに、ちょっとのところで間に合わず、仕方なく交渉制
タクシーで帰る。
そのタクシーの運転手は、高速を使わず、ひたすら農道を突っ走っていた。
結局、高速を使ったのと同じくらいの時間で、天津に着いた。
スゴイかも…。

これで、青海省・チベット旅行の日記は、おしまいである。
中国での旅行は、いつもそうなのだが、感動と楽しさを受けるだけでなく、
色々なことを考えさせられてしまう…。
今回も、チベット問題については、深く考え込んでしまった…。
人々が仲良く暮らすのは、本当はとても難しいことなのかもしれない。
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by yuzitj | 2007-08-17 06:00 | 中国