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本「天津租界の思い出」

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本「天津租界の思い出」
著者:豊田勢子
出版:文芸社
発行:2004.12

この本は、1931年、中国との長きにわたる戦争の始まりの年、天津で
生まれた著者による天津租界での思い出を綴ったエッセイである。

列強の侵略地である租界地・天津。
日本内地では戦争で苦しい生活を強いられていた時も、天津の租界地
では華やかな生活が繰り広げられていた。
著者は戦争の重みをあまり感じずに、幸せな幼少時代を過ごす。

著者の記憶力には驚かされる。
70年近く経ってから思い返された思い出なので、やはり所々記憶が
怪しいとは書いてあるが、外地での生活は強く濃く印象に残っている
のだろう。

この本を読んでいると、著者をはじめとして兄弟姉妹が自由にのびのび
楽しく暮らしている様子が伝わり、こちらまで笑顔になる。
著者の親など、大人の世代の人々にとっては、夢や希望を抱いて臨んだ
外地での生活が、戦争に突入したことにより、あっけなく夢破れ、大きな
不安を抱いての毎日だったであろう。
しかし、子ども世代は、いつの時代も楽しく過ごす方法を知っているもの
らしい。

今はもう無き日本租界地。
この本には、1930年代の日本租界の地図が載せられている。
今の地図と照らし合わせると、通りの名前は変わっているものの、ほぼ
当時の通りがそのまま残されている。
地図を眺めていたら、日本租界地だったところを歩いてみたくなった。
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by yuzitj | 2007-05-31 06:00 |

CD「太美丽(BEAUTIFUL)」(陶喆)

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CD「太美丽」
歌手:陶喆(デビット・タオ)
発売:2006.8

<収録楽曲>
01. 太美丽广播电台
02. 忘不了 Can’t Get You Outta My Mind
03. 太美丽 Too Beautiful
04. 追 Wish
05. 那一瞬间 The Moment
06. Walk On
07. 自导自演的悲剧 How Long
08. 似曾相识 Finally
09. 今天你要嫁给我 Marry Me Today(feat. Jolin蔡依林)
10. 每一面都美 So Beautiful
11. 不爱 Forever
12. Olia

台湾で“R&Bの教祖”と呼ばれている陶喆(デビット・タオ)
台湾からアメリカへの移民である彼は、UCLAで学び、卒業後、台湾に
戻り、 音楽活動を始める。
最初は作曲やプロデュースが中心だったが、その後、自らも歌うように
なった。
私の好きな台湾の歌手・王力宏(ワン・リーホン)とは、同じくアメリカでの
生活経験があるからだろうか、とても仲の良い友達である。

このCDは、貴州省旅行の時、移動の車中でよく聴いていたアルバムで、
『いいなぁ~』と思ったので、旅行後、すぐに買った。

5曲目の「 那一瞬间」は、HONDA CIVICのCM曲。
6曲目の「Walk On」は、Sony Ericssonの携帯のCM曲。
10曲目の「每一面都美」は、P&GのシャンプーのCM曲。
良い曲を作り出すので、CM業界でも引っ張りだこなのだろう。

9曲目「今天你要嫁给我」は、蔡依林(ジョリン・ツァイ)とのデュエット曲
で、とても可愛らしい曲である。
二人は、今年、中国版“紅白歌合戦”である中国中央電視台(CCTV)の
「春節聯歓晩会」に台湾からの注目歌手として参加、「今天你要嫁给我」
を披露した。
その「春晩」での評判が良かったのか、今でも人気の曲で、よく街中で
耳にする曲である。

このアルバムが良かったので、他のアルバムも聴いてみたくなった。
今後にも期待!
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by yuzitj | 2007-05-30 06:00 | 音楽

本「阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(岩波文庫)」

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本「阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(岩波文庫)」
著者:魯迅
訳者:竹内好
出版:岩波書店
発行:2006.5

魯迅(1881-1936)は、浙江省紹興府生まれの小説家。
魯迅が生きた時代の中国は、1840年のアヘン戦争から列強に侵略
され、国力は衰えていく一方…という時代であった。
魯迅は、そんな中国を嘆き、儒教を基とした封建的な社会への批判を、
小説の形で表した。

生まれ故郷の紹興を主な舞台として、普段の人々の生活を描いた短編
小説が多い。
私は今まで魯迅の短編を幾つか読んだことはあったが、中国の歴史を
詳しく知らなかったため、ただ『なんて暗くて、やりきれない小説なんだ
ろう…』と思っていただけであった。
しかし、この本を読んで、魯迅の小説への見方が変わった。
この本には、とても詳しい訳註が付いているので、魯迅が込めた深い
思いが理解しやすかったのである。

この本は、5月18日の日記にも書いたように、北京の茶館“茶家傅”でも
読んでいた本。
明・清時代の骨董家具に囲まれた“茶家傅”で、魯迅の小説を読んで
いると、スッと話の中に入り込むことが出来た。
でも、時々、窓から漏れ聞こえてくる“后海公園”で遊ぶ人たちの笑い声
によって、現実に引き戻された。

魯迅の生きた激動の時代、その後も文革の時代など、中国は苦しい時代
が長らく続いたが、今やっと都市部の人々は幸せそうに暮らしている。
しかし、都市郊外から農村にかけては、まだまだ幸せとは程遠い生活を
強いられている人々がいるという現実がある。
そのような格差の中、社会を嘆く者によって、また新しい文学が生まれて
くるのだろう。
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by yuzitj | 2007-05-29 06:00 |

天津“八里台”、“同安道”

5月12日は、“古文化街”と“古玩城”を散策した後、“八里台”へ。

“八里台”は、“八里台文化市場”を中心に再開発が進んでいる場所で
ある。
古い“八里台文化市場”は既に取り壊され、市場にあった店々は新しい
ビルに引っ越した。
元の場所は、現在、更地になっている。

いつも利用しているCD屋“八里台音像”は、その古い市場があった場所
のすぐそばにあり、この度、取り壊し・引っ越しが決定した。
引っ越し前、最後に行ってみることにした。

[八里台音像]
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[店内に貼ってあった引っ越しのお知らせ]
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引っ越し前の売り尽くしセールで売り切れたのか、もう新しい店の方へ
商品を持って行ったせいなのか、売れ筋のCD・DVDは見当たらなかった
が、欲しいCD・DVDを見つけたので何枚か購入した。

天津に来てすぐの頃から、以来2年間、ここのCD屋には本当にお世話
になった。
このCD屋は別の場所に引っ越すだけで、無くなってしまうわけではない
のだが、どんどんお気に入りの場所が再開発で取り壊されていくので、
何だかしんみりしてしまった…。

その後、いつもの散歩コースである“同安道”へ。
CD屋に寄ったあとは、いつもこの道を散歩する。
アパートが建ち並ぶこの道は、1階がお店になっていることが多い。
普通の店舗もあるが、家の出窓を利用した店も多い。

[本屋]
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[タバコ屋]
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本屋、洋服屋、パン屋などを覗きながら散歩。
市場で買い物することも。
最近の市場は、青空市場はめっきり少なくなり、写真のような建物の
中に入ったものが多くなった。

[市場]
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この日、イチゴと桃2種類を買った。

[イチゴと桃]
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写真手前の平べったい桃は“蟠桃”、その奥のツルッとした皮の桃は
“油桃”。
“蟠桃”は、不老長寿の桃と呼ばれている。
(「西遊記」の孫悟空が食べた不老長寿の果物も“蟠桃”である。)

天津の市場で売られている果物は、本当に安くて甘くて美味しい。
散歩から帰ると、早速、桃を食べてみた。
水にさらした後、中国式に皮を付けたまま、ガブリ!
やっぱり美味しい(^^)
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by yuzitj | 2007-05-28 06:00 | 天津

天津“古玩城”

5月12日は、北京の茶館“茶家傅”で頂いた書に額を付けるため、
“古文化街”へ出掛けた。

“古文化街”の一番南の門のすぐ側の角に、額屋があることを知って
いたのだが、今まで額作りは別の店を利用していたので、その店に
入ったのは初めてだった。
店の外にも木枠のサンプルが飾ってあったが、中に入ると壁一面に
サンプルがぎっしり飾ってあった。
サンプルの数が多く、色々相談にも乗ってくれたので、そこで作ることに
した。

今まで利用していた店は、額が出来上がるまでに10日かかっていた
のだが、この店は明日出来上がると言う。早さにびっくり!
しかも、今回頼んだ額は27元(約430円)。安い!

[惠明画框廠]
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額を注文してから、“古文化街”をうろつくが、目新しいものが無かった
ので、“古文化街”の隣にある“古玩城”へ行ってみた。

[古玩城]
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“古玩城”は、骨董品を扱う店が集まっているところ。
ちゃんとした店構えの店舗もあるが、敷地内の通路には露天商が
たくさん店を出していた。
骨董品っぽい壺や絵皿の他、雑多な置物、書画、筆、玩具など、
様々な物が売られていた。

昔は値打ちのある骨董品が売られていたようだが、値打ちのあるような
骨董品は既に売り尽くされ、今は良い品は売られていないそうだ。
しかし、そんなガラクタのような中にも、可愛らしい小皿があったり、なか
なか良い茶器があったりして、見ていると楽しい。

[露天商]
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骨董の目利きは出来なくても、自分の趣味で何か買ってみるのも面白い
かもしれない。
今回は、『欲しい!』という物にはめぐり逢えなかったが、また機会が
あればゆっくり見て回りたい。


<額について>
翌日、出来上がった額を取りに行った。
安い割には、なかなかの出来映えに満足。
早速、部屋に飾った。

[出来上がった額]
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by yuzitj | 2007-05-27 06:00 | 天津

北京“后海”(2)

“京城九門小吃”を後にして、また“后海”沿いを歩く。
暑い日だったが、湖面をわたる風が柳の枝が揺らし、それを見ながら
のんびり歩いているのは心地良かった。
“后海”沿いの個性的なカフェ・バーや花々を見て歩くのも面白かった。

[“后海”沿いの様子]
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中国ではトイレ事情がとやかく言われるが(^^;)、“后海”沿いの公衆
トイレは、無料で水洗、かなり小綺麗である。

[“后海”沿いの公衆トイレ]
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北京の“石景山遊楽園”がゴールデンウィーク中にキャラクター盗用
問題となっていたが、“后海”南沿いにある“后海公園”にもキャラクター
盗用疑惑の遊具があった…(^^;)

[“后海公園”にて]
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盗用疑惑はさておき、“后海”をクルッと回って“宋慶齢同志故居”からは
対岸となる場所までやってきた。
ここには、この日お目当ての茶館“茶家傅”がある。

“茶家傅”は、日本にいる時に買った雑誌「CREA Due TRAVELLER
北京vs上海」に紹介記事が載っており、それを見た時からずっと行きたい
と思っていた茶館である。

この茶館は、日本人など外国人に人気のお店で、各界の有名人も訪れて
いるそうである。
HPによると、最近ではロシアの副首相や、日本の安倍首相の昭恵夫人も
訪れたことがあるらしい。

“茶家傅”は公園の中にあるので、木々に囲まれ、とても良い雰囲気。
中に入ると、シックな骨董家具に囲まれて、落ち着いた空間になっている。
骨董家具は、大学教授から転身したオーナー・傅さんが集めた明や清の
時代のものである。

[茶家傅]
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早速、お茶を頼むと、扇子のメニューが出された。
暑かったので、身体を冷ます緑茶を注文。
銘柄は、“黄山毛峰”にした。

[メニュー]
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“黄山毛峰”は、蓋碗にて。
お茶を頼むと、数種類のお茶請けが出てくる。

[“黄山毛峰”とお茶請け]
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持ってきていた魯迅の文庫本を読みながら、しばらくお茶を飲んで
過ごす。
お茶もお茶請けも美味しく、窓からの風も心地よく、ずっとその場所に
いたいと思ったが、帰りの電車の時間もあるので、席を立つ。

すると、オーナーの傅さんが、店のパンフレットと自分で書いたという
書をプレゼントしてくれた。
書には“招財進宝”を組み合わせた字(春節の飾りなどに書かれる
おめでたい文字)が書かれている。(何故か日付が“七月”だが…。)
このような心遣いがとても嬉しい(^^)

[パンフレットと書]
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“茶家傅”を後にして、また“后海”沿いを歩く。

[“后海”沿い]
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途中、太極拳の像を見つけたが、『何故、こんなところに?』と思いつつ、
太極拳を習っていた頃が懐かしくて、ついつい写真を撮ってしまった…。

[太極拳の像]
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人力車が列になって通り過ぎていく。

[人力車の列]
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チベットのアクセサリーを売っている店を見つけ、気になって入って
みたりした。

[チベット・アクセサリーの店]
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電車の時間が迫ってきたので、“后海”散策を終え、北京駅に向かった。
お酒は飲まないが、“后海”のバー・ストリートも気になるところ。
今度は夏の夜などに訪れてみたい。


<おまけ>
北京には、トローリー・バスが走っている。
景観的には架線が邪魔しているように思えるが(^^;)、エコ対策には
一役買っているだろう。

[トローリー・バス]
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by yuzitj | 2007-05-26 06:00 | 北京

北京“后海”(1)

5月10日は用事があり、新幹線(新しい電車)“和諧号”に乗って北京へ。

午前中で用事は済み、昼からは“后海”の方へ出掛けてみた。
鼓楼周辺を散歩する時は、いつも“前海”周辺の胡同から“烟袋斜街”へ
と歩いていくのが定番となっていたので、“后海”沿いは久しぶり。

まずは、“后海”の北沿いを歩く。
宋三姉妹の次女で孫文の妻・宋慶齢の故居は、2年前、人力車での
胡同めぐりで寄って見学した。
何となく懐かしい。
2年前にゆっくりと見学したので、この日は入り口を写真に撮っただけ
で通り過ぎた。

[宋慶齢同志故居]
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“宋慶齢同志故居”を過ぎ、“后海”沿いを西へと向かった。
昼食は、“京城九門小吃”へ。
“后海”沿いに看板があるので、分かりやすい。
胡同の中へ入っていく雰囲気がなかなか良い。
歩いていくと、“我要活!!!(私は生きる!!!)”と書かれた壁があった。
(その家の人は、何が言いたいのだろう?ただの落書き?)

[“京城九門小吃”への入り口]
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“京城九門小吃”は、北京の老舗小吃屋が集まったレストラン。
オリンピック前の再開発で立ち退かざるを得なかった前門地区の老舗
小吃屋12軒が、2006年、“后海”の四合院に集まって営業することに
なったのである。

店の門をくぐると、中庭があり、九官鳥がお出迎え。
店に入るとまずは、“糖胡芦(さんざし飴)”などお菓子の屋台があり、
その奥に、小吃屋が並んでいて、飲食スペースはあちこちにあった。

[京城九門小吃]
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まずは、プリペイド・カードを購入。
カードで店内の小吃を購入し、店内の飲食スペースで食べる。

[カード]
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色々迷ったが、牛肉麺とゴマ団子、“奶酪(宮廷ヨーグルト)”を食べて
みた。
“奶酪(宮廷ヨーグルト)”は、ヨーグルトというよりミルクプリンの味。

[牛肉麺とゴマ団子、“奶酪(宮廷ヨーグルト)”]
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値段は、小吃にしては少し高め…。
四合院を利用したレストランとはいえ、普通のフードコートと化して
しまっていて、老舗の味わいは薄れてしまった様子…。
地元の人々はわざわざ訪れないかもしれないが、よそからの観光客
にとっては、手っ取り早く清潔な店で老北京の小吃を試すのに、もって
こいの店かもしれない。

店を出て、付近の胡同を歩いてみる。
やはり胡同の静かな空間は落ち着く…。

[付近の胡同]
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(つづく)
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by yuzitj | 2007-05-25 06:00 | 北京

航空母艦“キエフ号”

5月6日は、航空母艦“キエフ号”を観に漢沽区へ出掛けた。

漢沽区は天津港方面にある。
まず“軽軌”(電車)で、天津港方面に向かった。

“塘沽駅”で下りて、昼食をとるため、ケンタッキーへ。
今、中国のケンタッキーではミャオ族風味チキンサンドが売り出し中。
酸っぱ辛いソースが、ゴールデンウィークに行った貴州を思い出させた。

[ミャオ族風味のチキンサンド]
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お腹いっぱいになったところで、漢沽区行きのバスを探すがなかなか
見つからず…。
人に聞きながら歩いていたが、言葉が心許ない私を見かねて親切な
おばあちゃんが代わりに探してくれた。(感謝!)

バスに乗ると、ゴールデンウィークのせいか、かなりの混雑。
約30分ほどで、“キエフ号”が停泊している“濱海航母主題公園
(Binhai Aircraft Carrier Theme Park)”の入り口に着いた。
…が、入り口からはまだ距離があり、タクシーに乗ってやっと“キエフ号”
に辿り着いた。

“キエフ号”は、1970年に製造、1994年に退役したロシアの航空母艦。
2000年に“天津国際游楽港(現在の“濱海航母主題公園”がロシアから
買い入れ、3年かけて整備し、2004年5月から一般公開している。

“キエフ号”の艦体は、全長257m、幅53m。
艦内は甲板を含めて全部で9層、そのうち公開されているのは1~3層と
5層で、船室をホテルにしている部分もある。
艦内にはレーダー機器やミサイルの模型、甲板には戦闘機や軍用ヘリが
展示されている。

通路の天井は、結構低め。
空間の有効利用のためだろうが、ロシアの屈強な軍人たちが、実際に
この通路を通っていたのだろうか?と思ってしまった。

[キエフ号]
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[キエフ号](動画)


[甲板の眺め](動画)


艦内には、航空母艦に関する展示室もあった。

[展示室]
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[戦闘機の航空母艦発着の様子](動画)


公開されているうち、一番下層の5層は、広いホールになっていて、
何故か“民族ダンス・ショー”が行われていた。
5層は、もともと戦闘機の格納庫だったところ。
このように使われるとは、“キエフ号”現役当時は思いもよらなかった
だろう…(^^;)

[5層]
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夕方5時になると、演習ショーが始まる。
爆薬を使っての、かなり迫力があるショーだったが、上手く映像に
おさめられず…(--;)
ほんの少しだけ動画で紹介することにする。

[演習ショー](動画)


“キエフ号”の甲板から眺めていて面白そうだったので、水陸両用車に
乗ってみた。

[水陸両用車]
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[水陸両用車](動画)




現在、“濱海航母主題公園”は造成中で、“キエフ号”までの一帯は、
まだ更地である。
これから3~5年をかけて、5万平方kmの土地を整備し、世界最大の
“軍事テーマパーク”にするそうである。

[パンフレット記載の公園完成予想図]
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“軍事テーマパーク”という名前は穏やかではないが、戦争について
見つめ直すきっかけを作るための、平和的な公園となって欲しい。
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by yuzitj | 2007-05-24 06:00 | 天津

天津“周恩来鄧頴超記念館”

5月5日は、“周恩来鄧頴超記念館”へ行った。

記念館を訪れる前に、まず周恩来が学んだ南開大学に行ってみた。
南開大学には、周恩来像がある。
像の下には、周恩来の言葉『我是愛南開的(私は南開を愛するもので
ある)』が刻まれている。

[南開大学 周恩来像]
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南開大学からは散歩がてら歩いて“周恩来鄧頴超記念館”へ向かった。

周恩来(1898-1976)は、 江蘇省淮安県の出身だが、幼い頃、伯父と
共に天津に移り住み、南開学校(南開中学)で学んだ。
南開学校卒業後、日本へ留学。
日本から帰国後、南開大学在学中に“五四運動”が起こり、天津学生
運動の指導者として活躍。
その後、フランスへ留学し、中国共産党に入党。
その後、蒋介石のもと党指揮部にあたった。
国共分裂後は南昌蜂起に参加、長征など党と苦労を共にする。
西安事件の時には、党の代表として蒋介石の釈放と国共合作に尽力。
中華人民共和国が成立後は、毛沢東のもと国務院総理(首相)兼外交
部長(外相)に就任、数々の国際会議にも出席。
外交部長辞任後は、国務院総理として文化大革命において指導的立場
に立ち、中国初参加の国際会議“1954年ジュネーブ会議”に臨んだの
をはじめ、アメリカのニクソン大統領や日本の田中角栄首相と会談する
等、高い交渉能力を発揮した。
高い知性、温厚な性格で、信望の厚かった人物である。

鄧頴超(1904-1992)は、周恩来の妻。
周恩来とは、南開学校で出会い、その後、同じ政治家として志を同じく
する“同志”として共に歩むことになる。
周恩来を陰で支えながら、自らは生涯、女性の向上とリーダーの育成に
取り組んだ人物である。
周恩来と鄧頴超は、清廉潔白なおしどり夫婦として名高く、 今でも中国
の人々に愛されている。

“周恩来鄧頴超記念館”は、周恩来・鄧頴超が青年時代に学んでいた
南開学校をもとに1978年に創設。
敷地面積は6万㎡、建物の面積は150㎡。
記念館には、周恩来と鄧頴超に関する文献や写真、遺品等が展示されて
いる。
記念館の敷地内には、周恩来が使っていた専用機も展示されていたが、
周囲が工事中のため、近付けず、中を見学することが出来なかった…。

[周恩来鄧頴超記念館と展示物]
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周恩来と鄧頴超の生前、身の回りを世話していた人々が2007年1月
7日、周恩来没後31周年を記念して、遺品43点を周恩来鄧頴超記念館
に寄贈した。
その遺品も見ることが出来たが、写真撮影は禁止。
人民網日本語版(2007年1月9日)」より、写真を転載させて頂く。

[周恩来と鄧頴超の遺品]
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記念館の東側では、大規模な工事が行われていた。
2008年3月5日の周恩来生誕110周年に向けて、面積約3300㎡の
中南海の“西花庁”(周恩来と鄧頴超が執務・生活していた家屋)の復元
工事らしい。
記念館が所蔵している遺品7千点は、この復元される“西花庁”に陳列
するそうだ。
建物と共に陳列される遺品は、また違った見応えがあるだろう。

周恩来は、自分の遺骨と灰を中国の3ヶ所に撒くよう遺言したそうである。
その3ヶ所のうちの1ヶ所が、天津の海河の河口だったようだ。(あとの
2ヶ所は、北京の密雲ダムと黄河の河口。)
その作業は、文革中だったため、人々に知らされることはなかったが、
その後、鄧頴超が亡くなったときは、人々に見守られながら、その遺骨
と灰はすべて天津の海河に撒かれたそうである。

[鄧頴超の遺骨と灰を撒いた船の模型]
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今でも中国の人々(特に天津の人々)は二人を敬愛している。
愛国教育のせいもあるだろうが、これほど人々に慕われている政治家
は珍しいのではないだろうか?
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by yuzitj | 2007-05-23 06:00 | 天津

天津博物館

5月4日は、天津博物館を見学。

天津博物館は、2004年11月にオープン。
歴史博物館・民族博物館・芸術博物館の機能を統合したものである。
面積は約4万7千㎡。
博物館の建物は、日本人建築家・高松伸の設計によるもの。
その斬新な外観は、湖面で翼を広げる鶴を象ったものらしい。
昼間も目立つ外観だが、夜はライトアップされ、一段と際立つ。

[天津博物館 オープン当時の写真]
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[天津博物館]
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[夜の天津博物館]
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[博物館のロビー]
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博物館の所蔵文物は20万件。
青銅器や陶磁器、書や絵画などの芸術作品、歴史的文献など多岐に
わたる文物が展示されている。
展示品はなかなか興味深く、ゆっくり見て回っていると、結構、時間が
かかった。
展示室内は撮影禁止なので(日本では当たり前だが中国では珍しい!)、
写真は無し…。
代わりにパンフレットに記載された展示品の一部を載せておく。

[展示品の一部]
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見学したこの日は5月4日で、“五四運動”の日。
“五四運動”とは、1919年、中華民国時の北京で、ベルサイユ講和
条約の結果に不満を抱いた大衆が起こした、反日・反帝国主義を
掲げる運動のことで、その後、運動は全国に広まった。
中国中央人民政府は、“愛国、民主と科学的精神の継承と発揚”を
目的として、1949年、5月4日を“青年節”にすると発表。
それから毎年5月4日には、、“五四運動”の精神を忘れないよう、
大学生たちが記念活動を行っている。

この日、博物館では天津市内の各大学の学生たちが『伝承五四精神
争做優秀青年』などと書かれた揃いのTシャツを着て、熱心にメモを
取りながら見学していた。
抗日戦争時代の展示コーナーでは、ちょっとビクビクしてしまった…。

[学生たち]
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見学を終えて、外に出た。
博物館の外は、“銀河広場”と呼ばれる公園になっている。
皆、凧揚げをしたり、ローラースケートをしたりして楽しんでいる。
“糖胡芦(サンザシ飴)”や、“熟栗糕”など食べ物の屋台も。

“熟栗糕”は、天津の伝統的なお菓子。
米の粉を圧力鍋の蒸気で蒸した物に、色々な果物のジャムやチョコ、
小豆餡などを乗せて食べる。
すごく美味しいというものでもないのだが(^^;)、作っているのを見て
いると楽しくて、ついつい買ってしまう。

[糖胡芦(サンザシ飴)]
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[熟栗糕]
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博物館の思っていたより充実した内容に満足し、“熟栗糕”をほおばり
ながら帰宅した。
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by yuzitj | 2007-05-22 06:00 | 天津