天津“端午節”

6月19日は旧暦の5月5日で、中国では“端午節”(端午の節句)だった。
“端午節”の起源については、以下のとおり。

紀元前、楚の国王の側近に、“屈原”(前340~前278頃)という政治家
がいた。
“屈原”は詩人でもあり、国と国民を思う気持ちが強く、人々からとても
慕われていた。
しかし、屈原は陰謀により、失脚させられ、国を追われてしまう…。
大国である秦におもねろうとした楚の国に失望した彼は、ついに川に
投身自殺…。
それを知った楚の国の人々は、川へ行って、船の上で太鼓を打ち鳴ら
して魚をおどし、更にチマキを投げて、“屈原”の体を魚が食べないように
した。
それ以降、“屈原”の命日(旧暦5月5日)には、ドラゴンレース(龍舟比賽)
をしたり、チマキを川に投げ入れたり、チマキを食べて、“屈原”を弔うよう
になったそうである。
(中国語での説明は、コチラ。)

“端午節”に近い日曜日(6月17日)、天津市でも海河にチマキを投げる
イベントがあるというので行ってみた。
私が河岸に着いた時、ちょうどチマキ投げが始まる時だった。

[チマキ投げ]
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[チマキ投げ](動画)


古代の服装(?)をした若者達が10人くらいで、3度ほどチマキを海河に
投げ入れていた。
中には、額に入った“屈原”の絵を持った男性もいた。
イベントが終わった後、グループの中の3人に声をかけ、写真を撮らせて
貰った。

[イベントのグループの若者達]
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現在、中国では韓国と共に、“端午節”を無形文化遺産にしようと活動
している団体があるらしい。
ネットで調べてみると、このイベントもその一貫の活動だったようだ。
若い人達が中心になって、古い慣習を伝えていこうとする姿に感動!

でも、宣伝不足だったのだろう。
天津の観光スポットである“古文化街”沿いの海河河岸でのイベント
だったのだが、そんなに観客はいなかった…。
なかなか面白いイベントだったので、もっとたくさんの人に見てもらい
たかった…。

<おまけ>
ちなみに中国のチマキは、こんな感じ↓。(昨年作ったもの。)

[中国の“粽子(チマキ)”]
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by yuzitj | 2007-06-20 06:00 | 天津
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